2014年12月22日月曜日

煩悩を3Dプリントして粉砕する


年越しは3Dプリントで決まり!

2014年もそろそろ終わり。悲喜こもごも様々な出来事があったけれど、できればスッキリした気持ちで年越しを迎えたいところ。「除夜の鐘」はそんな需要に応えるイベントだが、実はもっと簡単にスッキリする方法があるのだ。


お寿司を食べにいこう!

いきなりだが、年末の学校は忙しい。毎日遅くまで作業に取り組んでいると、自然とお腹が減ってしまうもの。いつもはコンビニ弁当や即席めんで腹を満たしているが、この日はどうしてもお寿司が食べたくなった。


先輩に撮影をお願いしたら「調子乗んな」的なことを言われた

さいわいキャンパスの近くにお店があったので、簡単に欲望を満たすことができた。
久しぶりの回転寿司は、うまい。うますぎて箸が止まらず、皿がみるみる増えていく。


親に7万円借りている

食べすぎである。いや、量自体はそこそこなのだが、何を隠そう僕はいま親にお金を借りているのだ。債務者のお皿が2桁に突入しようとするのはいかがなものか。それでも箸が止まらないのは、己の中にある食欲のせいだ。来年を迎えるにあたり、この食欲という煩悩をどうにしかしてやっつけねばならない。


家康に習う



悪口みたいになった

ところで、徳川家康は戦に破れてうんちを漏らしながら逃げたときの顔を家臣に書かせ、その似顔絵を目につく場所に飾っていたという。僕は立派な大人なのでうんちを漏らしたりしないが、教訓をカタチにするという姿勢は見習うべきかもしれない。


そこで、この煩悩をカタチにします


何故かシャリが取れない事態に見舞われるも、


煩悩「あの日のマグロ」が完成

家康の時代から400年が経ち、人間は三次元の情報も扱えるようになった。僕に家臣はいないが、3Dスキャナーを使うことならできる。食欲という煩悩をカタチにしたこのマグロは、いわば現代版「うんち後の似顔絵」なのである。


遠隔で煩悩を送りつける



かっちょいい見た目だが、出てくるのは寿司

データができたら、あとは3Dプリントするだけである。直接データを送っても良かったのだが、今回はFabricaを使って(宣伝)遠隔で3Dプリントをしてみよう。


イカになったマグロ


紙粘土のシャリを添えて

出力は成功したのだが、悲しいかな、こんなものでも見ているとお腹が空いてくる。自分の心の弱さが嘆かわしいが、これではまったく逆効果じゃないか。なんとしても、煩悩が新たな煩悩を生むこの悪循環を断ち切らなくてはならない。


粉砕するほかない

分かった、粉砕しよう。鐘をつくなんて生易しいものじゃダメだ。文字通り煩悩を粉々に砕いてやろうじゃないか。3Dプリントでカタチを与えられた煩悩でなら、それが出来る。


YouTubeの人気者

そこで、iPhoneだの何だのを粉砕し続けているBlendtec製ミキサーの力を借りることにした。ここに3Dプリントされた煩悩を入れ、粉々にして清めてもらおう。


見た目より振動が強く、手がフヨフヨする


ネタがシャリになった

ミキサーの力が想像以上であったことにビビり、最低出力での粉砕になってしまったが、それでも十分原型を失わせることができた。これを見たってお腹はすかないが、題をつけることで記憶がバンバン掘り起こされる。


大事にしたい煩悩の標本

当初の予定から外れてしまったが、なんとか煩悩を清めることに成功した。なにより、砕くという行為が持つ力がスゴい。気持ちがリフレッシュされるのを強く感じることができた。みなさんも是非、煩悩をカタチにして砕いてみてほしい。


【告知】煩悩イベントやってます



って感じで、「往くFAB来るFAB2014 ~煩悩108連発!~」というイベントをやっています!3Dデータさえあれば、遠隔でイベント会場の3Dプリンタを操作し、誰もが自分の煩悩をカタチにすることができます。

カタチになった煩悩は私たちが責任もって粉砕し、新しい素材として生まれ変わらせます。その過程もお届けしたいと思っているので、多くの方の参加を心からお待ちしています!

※ 詳しくは、Facebookページ公式サイトをご覧下さい。

2014年12月3日水曜日

師走(実物)


12月に入ったので師走を作った。thingiverseにアップロードした瞬間5ダウンロードされたので、外国人の漢字好きはちょっと行き過ぎだ。http://www.thingiverse.com/thing:575688


2014年11月16日日曜日

「座席Tシャツ」で電車にとけ込む


これが最新のオシャレ都市迷彩だ

突然だが、あなたは普段乗っている電車の座席の柄を覚えているだろうか?通勤や通学でほぼ毎日使っているという人でも、はっきりと思い出せる人は多くないのではないだろうか。少なくとも僕は出来なかった。このTシャツを作るまでは。

※ 始発/終着駅で停車中、人のいない状態で撮影を行っています。



座席デザイン収集の旅へ

いつもと同じように電車に乗っていたある日、目の前で空いた座席の柄がふと気になった。普段はただ座りたい一心で背に向けて気にかけることも無かったが、よくよく見てみると中々趣深い柄をしているではないか。コレクター心がくすぐられ、そのまま電車に乗って座席デザイン収集の旅に出かけた。


東京メトロ日比谷線、東京メトロ日比谷線、みなとみらい線

京急線の特徴的な赤色など単色で無地のシートも多いが、良く目にするのは右2つのような四角形が並んだパターン。いかにも座席然とした独特なリズムを持った配置は、さながら座席界の黄金比とでも言えるだろう。


みなとみらい線、JR横須賀線、JR根岸線

単純な長方形の配置にとどまらず、格子や斜めのパターン、ステンドグラスのような配置も見受けられる。これらの柄を一通り模倣するだけで、IllustratorPhotoshopの基本的な操作がマスターできるのではないだろうか。


みなとみらい線、みなとみらい線、横浜市営地下鉄ブルーライン

この辺まで来ると、もはや芸術と言って差し支えない。複雑なパターンのドットは画家クロード・モネを彷彿とさせるし、中央のアルゴリズミックな図形の配置はCGのエッセンスを取り込んでいるに違いない。ブルーラインの柄に至っては、暖かみのある色や不規則だが心地よい線の入り方が、夕暮れ時に稲を刈る田舎の風景を彷彿とさせて泣けてくる。



座席はオシャレだ

座席の収集を進めていくうち、その洗練されたデザインに感銘を受け、今までしっかりと見てこなかった自分が恥ずかしくなってきた。と同時に、頭の中にぼんやりとあるビジョンが浮かび上がってきた。


こういう柄の座席、ありそう
(写真は こちら より)

一部の座席の柄が、ちょっと小洒落たTシャツの模様とそっくりなのだ。カラフルだが気取りすぎず、人が座ることで生まれる不規則なパターンも含めて瓜二つだ。こういった座席の柄でTシャツを作ったら、もしかしてとってもオシャレなんじゃないだろうか。そして、そんなTシャツを着て席に座ったら、電車にとけ込むことが出来るんじゃないか。


というわけで、作ってみよう

今回は、最後に紹介した横浜市営地下鉄ブルーライン柄のTシャツを作ることにした。実際の手順だが、裁縫や染め物なんてほとんどやったことが無い人でも、とりあえずユザワヤに行けばなんとかなる(と思っている)。バイト代が入る直前で帰りの交通費が無くなりそうになりつつも、一通りの道具を揃えることが出来た。
  

染料にお湯と塩を加える塩!?

説明書に書かれた通り準備を進めていく。綿を染めるときには塩を足すと良いらしい。マジか。染料が独特な匂いを放ち、同じ場所にいる人たちが冷たい視線を差し向けている気もしたが、気にせず作業を続ける。


染めと水洗いをした後、一日陰干しする


そして、命とも言える模様入れ作業(超アナログ)

全体がほんのり色づいてしまったが、2日程度でTシャツが完成した。
 
 

ご覧の通り、オシャレになりました

こころなしか僕の表情も柔らかくなった。ほんの少しだけセクシーな気もするが、たいした問題では無いだろう。さぁ、待ってろよブルーライン!



「座席鉄」は存在するのか?

ところで、様々な種類がある電車の座席だが、一体誰がどうやってそのデザインを決めているのだろう? 考えたことも無かったが、やはりその道の専門家に聞いた方が良いだろうと思い、鉄道研究会に所属している後輩に聞いてみた。


「詳しくない」と言いつつ、コメントが見切れる

一を聞いたら十が帰ってきた。さすがである。後輩曰く、

・車両の形式によって座席の生地が異なる
・私営鉄道はJRなどから流用しているパターンがある
・シルバーシートの語源は、優先席を区別するため余った銀色の生地を使ったから  ← !

など、僕だけでは知り得ない情報がわんさか出て来た。しかし、写真の撮影をメインにする「撮り鉄」や、様々な路線の踏破を目指す「乗り鉄」が存在するのに対し、座席の柄を追い続ける「座席鉄」は見たことがないようである。もしかして、僕は知らず知らずのうちに新境地を開拓してしまったのかもしれない。


小粋なギャグもありがとう

なお、駅員さんにも聞いてみたところ、一つの路線に対していくつかの柄があるのが普通で、例えばブルーラインだから青を使おうなどといった意見を吸い上げつつ、上層部の人がデザイナーと話して決めているとのこと。「私たちは細かいことは分からないです」と言う表情が少し寂しそうだった。



いざ溶け込む

さて、いざブルーラインに乗り込もうと思ったところ、撮影を手伝ってくれていたO君が直前になって「こんな柄じゃない」と主張してきた。


必要以上に大げさな表情を作るO

しかし座席の知識が深まった僕にとって最早それは問題ではない。君が指差しているその無地の柄は、数あるシートのうちの一種類に過ぎないのだ。


ほら来た

実際にホームに足を運ぶと、ちゃんとこの柄の電車が来たではないか。終点に到着するまで待ち、ついに座席Tシャツの効果を試す時が来た。


バン!


ババン!
 

ババァ〜ン!

どうだろうか。少しTシャツの色が明るいのは否めないが、ほぼ8割方溶け込めているではないか。ちなみに、全然リラックスできそうにないこんなポーズをしているのは、腕の白い部分をごまかすためである。完全に盲点であった。

しかし、星の数ほどある座席の種類だけ、座席Tシャツの可能性も広がっている。更にブラッシュアップさせ、誰もが電車に溶け込む風景に思いを馳せてみようではないか。誰もが好きな柄で電車に溶け込めば、通勤ラッシュも苦じゃない未来が待っている。


普段使いも出来るしね!


Tシャツが紡ぐ愛

完成したブルーラインTシャツを駅員の人に見せてみたところ、一瞬の沈黙の後「ありがとうございます」と言ってくれた。思いがけず、駅員さんの電車にかける情熱に答えてしまったのかもしれない。関係各所の皆さん、商品化の際には是非ご一報を。


僕が急に上着のジッパーをあけたから戸惑ったのかもしれない

2014年10月22日水曜日

Made by Hand - ポンコツDIYで自分を取り戻す

大学図書館主催のビブリオバトルなるものに参加した記録。


「物を作れ、失敗せよ」

取り上げた本はこちら。Mark Frauenfelder著 金井哲生訳(2011)「Made by Hand - ポンコツDIYで自分を取り戻す」(オライリー社)。帯に書かれた上の一言に、この本の良さすべてがが凝縮されている。

この本を読んでDIYが上手くなるかというと、まずそんなことはない。著者が張り切って取り組んだDIYプロジェクトが日記のような書き味で多数紹介されているのだが、鶏小屋を作ったりハチを飼ったりと、とてもじゃないが日本では簡単に出来ないものも含まれている。図や挿絵もほとんど無く、いわゆるマニュアル本とは全く違うものである。

では、僕はこの本のどこに惹かれたのか。それは、失敗を許容する精神が、全編に渡って丁寧に、そして茶目っ気たっぷりに説かれていることである。著者は2人の娘を持つ一家の父親だが、突然思い立って始める日曜大工や庭仕事には、常に妻の厳しい視線がつきまとう。あんたソレなんなのよ、きれいじゃないと容赦しないわよと叱責を受けながらも頑張る姿は応援せずにはいられない。そしてこのオッサン、本当にたくさん失敗する。

家族で夢の南国生活を目指すも身体を壊して帰国、たくさん買った除草剤を家の前に放置して盗まれる、作った小屋はガタガタで、しまいには飼っている鶏がコヨーテに襲われて娘を泣かす始末である。だけど、このオッサンはへこたれない。


著者の仕事は編集者であり、様々なジャンルのものづくり活動を取り上げる「Make:」という雑誌を刊行している。個人でものづくりに没頭する人々(Makerと呼ばれる)を取材するたび、彼らは口を揃えて「失敗することに価値がある」と言う。世の中にあるものを買って一時的な満足を得るだけの生活から、世の中には出回ってないが自分が本当に欲しいものをつくる生活へ。まだ世の中に無いものを作るのだから失敗して当たり前だし、むしろ失敗することで次にどうすべきかが見えてくる。何も恥じることは無いし、志を共にする人と失敗を共有することでより良い解決策が見えてくるかもしれない。

作中にはその道のアマチュアスペシャリストとでも言うべき人々が多数登場する。著者は彼らの技法全てを盗むのではなく、そのエッセンスと精神性を学び取り、「物を作り、失敗する」暮らしにのめり込んでいくのだ。

この本に出会った当時、毎週モノを作ってくることが研究会の課題だった。初めて触れる機材への戸惑い、他の人よりも面白くて創造的なものを作らなければというプレッシャー。自分の力不足を感じて凹む時期もあったが、そんなときにこのオッサンが力をくれた。妻に怒られたって、娘に泣かれたって、へこたれずに自分が良いと思えるモノを作り続ける。失敗を恐れるのではなく、それを価値あるものとして受け入れるようにアタマを切り替えれば、一時的には辛くてもその先に待っている喜びが見えてくる。おかげでくじけること無く最後までやり遂げることが出来た。この本は読者の心の支えになる可能性を秘めているのだ。

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型取りなんてやったことなかった僕の失敗作。一発目からうまく出来る訳が無い。でも2回3回と繰り返していくうちに、ようやくコツが見えてくる。


これは「自分ロウソク」というギャグだが、こんなものにピリピリ神経を尖らして根詰めたってしょうがない笑!失敗に寛容な態度が、つくる生活をエンジョイする助けになる。

2014年10月12日日曜日

膀胱を覗いたらキューブリックと出会った話(3)



いよいよ処置が始まる。ボロンと宙に浮いた僕の先端に、看護婦さんがゲル状の麻酔を塗り込んだ。冷たくてトロッとした感覚そのものが、細い線になって僕の内側に下ってくる。こんな感覚は初めてで、正直そこそこ気持ち良い。看護婦さんが外に出て、効果が出るまでのおよそ10分を一人で過ごすことになった。現実を直視するな、想像力を働かせたら自分を追い込むことになる。ひたすら自分にそう言い聞かせ、頭の中ではインディ・ジョーンズのテーマを繰り返し再生していた。彼の冒険こそが、「狭いところを無理やり進む」なかで最も明るいイメージだったからだ。

しばらくして、男の先生が入ってきて準備を始めた。よほどの表情をしていたのだろう、看護婦さんが「緊張していますか?」と僕を気遣い、息をハーと吐くと緊張がほぐれるのだと教えてくれた。ハー。ハー。ハーーー。これから起こることは、ただ受け入れるほかにないんだ。覚悟を決め、何も見ないようにしていた僕の視界に、先生の持つ黒いうどんのようなチューブが見え隠れする。僕は何も見ていない。


「まぁ、痛くなくはないです」という先生の不吉な二重否定と共に、膀胱鏡が僕の尿道に挿入される。

・・・・・・。

「!!!!」 痛い痛い痛い!麻酔の効果がどれ程かは知らないが、今感じるこの痛みは「太いチューブを尿道に通したらこれくらい痛いだろうな」と想像した時の痛みそのものじゃないか!排尿の時の感覚に近いが、その接触部分全てが鋭い痛みをもたらすような感覚。チューブの進行は止まらない。先生のクニクニした手つきが目に入る。思考がありえない速度で加速しているのが分かる。息をフーと吐く。痛みが一瞬和らぐ。フーと吐く。フーと吐く。痛い!フーと吐く。そして、痛さのピークを迎えたとき、「一番痛いところを越えました」、との言葉が聞こえた。

痛みはまだ消えないが、先ほどまでの刺すような辛さはない。フーと吐く息は「ヒッ、ヒッ、フー」の「フー」の部分なのか、と思えるくらいの余裕は生まれた。チューブを操作しながら時折写真を撮る時間が続いていく。生理食塩水を注入された下腹部に違和感があったが、耐えられないほどではない。しばらくして、一緒にカメラの映像を見ることになった。




なんて綺麗なんだ。冗談抜きでそう思った。ピンク色でツヤのある肉の壁に囲まれた空間からは、不思議な静寂が感じられて、少しばかりうっとりしてしまった。その光景に心惹かれ、画面をまじまじと見続けていた。膀胱の全体を見て回ったが、検査で問題視されていた部分にも目立った外傷は確認できないという。

一通りの検査を終え、チューブを抜くことになった。ディスプレイの向きを戻すのが手間だったのだろうか、入れるときと違って僕はカメラの捉える画面を見ることが出来た。抜くときの痛みはそれほど強く感じない。僕の目は画面に釘づけになったまま、スルスルと外に向かってチューブが抜かれていく。



そのときの光景が、強烈にデジャブした。映画「2001年宇宙の旅」ラスト間近、主人公ボーマンが夥しい数の星の群れ(或いはそのイメージ)="スターゲイト"の中を通り抜けるシーン。ピンク色の輝き。光の洪水の中心にひときわ明るく輝く何か。色の数もエフェクトも違う。でも、その壮大さと神秘性は変わらない。宇宙と脳神経細胞の構造は似ているという。尿道とスターゲイトとが似ていてもいいだろう。むしろ、監督であるキューブリックはここから着想を得たんじゃないかと思えるくらい、両者のイメージは僕の中で完璧に一致した。人体と宇宙は繋がっている。不思議な納得感が訪れた。

チューブが外に出て、元通りの生活が始まった。やっぱり少しヒリヒリする。でも、しばらくはあの痛みと付き合わなくても良いのだ。十分に耐えきったじゃないかと誇らしい気持ちになる。事後説明や会計処理を済ませたのち、病院の外に出るとむしょうに肉が食べたくなった。男らしさの回復を本能が求めていたのだと理解している。道路を挟んだ大戸屋に入り、いつもよりおかずを一品多く頼んで僕の夏休みは終わった。

(完)