投稿

2014の投稿を表示しています

煩悩を3Dプリントして粉砕する

イメージ
年越しは3Dプリントで決まり!
2014年もそろそろ終わり。悲喜こもごも様々な出来事があったけれど、できればスッキリした気持ちで年越しを迎えたいところ。「除夜の鐘」はそんな需要に応えるイベントだが、実はもっと簡単にスッキリする方法があるのだ。


お寿司を食べにいこう!

いきなりだが、年末の学校は忙しい。毎日遅くまで作業に取り組んでいると、自然とお腹が減ってしまうもの。いつもはコンビニ弁当や即席めんで腹を満たしているが、この日はどうしてもお寿司が食べたくなった。


先輩に撮影をお願いしたら「調子乗んな」的なことを言われた
さいわいキャンパスの近くにお店があったので、簡単に欲望を満たすことができた。
久しぶりの回転寿司は、うまい。うますぎて箸が止まらず、皿がみるみる増えていく。


親に7万円借りている
食べすぎである。いや、量自体はそこそこなのだが、何を隠そう僕はいま親にお金を借りているのだ。債務者のお皿が2桁に突入しようとするのはいかがなものか。それでも箸が止まらないのは、己の中にある食欲のせいだ。来年を迎えるにあたり、この食欲という煩悩をどうにしかしてやっつけねばならない。


家康に習う


悪口みたいになった
ところで、徳川家康は戦に破れてうんちを漏らしながら逃げたときの顔を家臣に書かせ、その似顔絵を目につく場所に飾っていたという。僕は立派な大人なのでうんちを漏らしたりしないが、教訓をカタチにするという姿勢は見習うべきかもしれない。


そこで、この煩悩をカタチにします

何故かシャリが取れない事態に見舞われるも、

煩悩「あの日のマグロ」が完成
家康の時代から400年が経ち、人間は三次元の情報も扱えるようになった。僕に家臣はいないが、3Dスキャナーを使うことならできる。食欲という煩悩をカタチにしたこのマグロは、いわば現代版「うんち後の似顔絵」なのである。

遠隔で煩悩を送りつける



かっちょいい見た目だが、出てくるのは寿司
データができたら、あとは3Dプリントするだけである。直接データを送っても良かったのだが、今回はFabricaを使って(宣伝)遠隔で3Dプリントをしてみよう。


イカになったマグロ

紙粘土のシャリを添えて
出力は成功したのだが、悲しいかな、こんなものでも見ているとお腹が空いてくる。自分の心の弱さが嘆かわしいが、これではまったく逆効果じゃないか。なんとしても、煩悩が新たな煩悩を生むこの悪循環を…

師走(実物)

イメージ
12月に入ったので師走を作った。thingiverseにアップロードした瞬間5ダウンロードされたので、外国人の漢字好きはちょっと行き過ぎだ。http://www.thingiverse.com/thing:575688

「座席Tシャツ」で電車にとけ込む

イメージ
これが最新のオシャレ都市迷彩だ
突然だが、あなたは普段乗っている電車の座席の柄を覚えているだろうか?通勤や通学でほぼ毎日使っているという人でも、はっきりと思い出せる人は多くないのではないだろうか。少なくとも僕は出来なかった。このTシャツを作るまでは。
※ 始発/終着駅で停車中、人のいない状態で撮影を行っています。


座席デザイン収集の旅へ
いつもと同じように電車に乗っていたある日、目の前で空いた座席の柄がふと気になった。普段はただ座りたい一心で背に向けて気にかけることも無かったが、よくよく見てみると中々趣深い柄をしているではないか。コレクター心がくすぐられ、そのまま電車に乗って座席デザイン収集の旅に出かけた。

東京メトロ日比谷線、東京メトロ日比谷線、みなとみらい線
京急線の特徴的な赤色など単色で無地のシートも多いが、良く目にするのは右2つのような四角形が並んだパターン。いかにも座席然とした独特なリズムを持った配置は、さながら座席界の黄金比とでも言えるだろう。

みなとみらい線、JR横須賀線、JR根岸線
単純な長方形の配置にとどまらず、格子や斜めのパターン、ステンドグラスのような配置も見受けられる。これらの柄を一通り模倣するだけで、IllustratorやPhotoshopの基本的な操作がマスターできるのではないだろうか。

みなとみらい線、みなとみらい線、

Made by Hand - ポンコツDIYで自分を取り戻す

イメージ
大学図書館主催のビブリオバトルなるものに参加した記録。


「物を作れ、失敗せよ」
取り上げた本はこちら。Mark Frauenfelder著 金井哲生訳(2011)「Made by Hand - ポンコツDIYで自分を取り戻す」(オライリー社)。帯に書かれた上の一言に、この本の良さすべてがが凝縮されている。
この本を読んでDIYが上手くなるかというと、まずそんなことはない。著者が張り切って取り組んだDIYプロジェクトが日記のような書き味で多数紹介されているのだが、鶏小屋を作ったりハチを飼ったりと、とてもじゃないが日本では簡単に出来ないものも含まれている。図や挿絵もほとんど無く、いわゆるマニュアル本とは全く違うものである。
では、僕はこの本のどこに惹かれたのか。それは、失敗を許容する精神が、全編に渡って丁寧に、そして茶目っ気たっぷりに説かれていることである。著者は2人の娘を持つ一家の父親だが、突然思い立って始める日曜大工や庭仕事には、常に妻の厳しい視線がつきまとう。あんたソレなんなのよ、きれいじゃないと容赦しないわよと叱責を受けながらも頑張る姿は応援せずにはいられない。そしてこのオッサン、本当にたくさん失敗する。
家族で夢の南国生活を目指すも身体を壊して帰国、たくさん買った除草剤を家の前に放置して盗まれる、作った小屋はガタガタで、しまいには飼っている鶏がコヨーテに襲われて娘を泣かす始末である。だけど、このオッサンはへこたれない。

著者の仕事は編集者であり、様々なジャンルのものづくり活動を取り上げる「Make:」という雑誌を刊行している。個人でものづくりに没頭する人々(Makerと呼ばれる)を取材するたび、彼らは口を揃えて「失敗することに価値がある」と言う。世の中にあるものを買って一時的な満足を得るだけの生活から、世の中には出回ってないが自分が本当に欲しいものをつくる生活へ。まだ世の中に無いものを作るのだから失敗して当たり前だし、むしろ失敗することで次にどうすべきかが見えてくる。何も恥じることは無いし、志を共にする人と失敗を共有することでより良い解決策が見えてくるかもしれない。
作中にはその道のアマチュアスペシャリストとでも言うべき人々が多数登場する。著者は彼らの技法全てを盗むのではなく、そのエッセンスと精神性を学び取り、「物を作り、失敗する」暮らしにのめり込んでいくのだ…

キノトッテについて

あれはある冬の朝のこと。

当時(たぶん)中学生だった僕は、学校に行くため駅に直結したショッピングモールを通りぬけ、改札に繋がるドアの取っ手を、いつものようにギュッと掴もうとした。

バチッ!

静電気だ。ビックリしたしちょっと痛い。朝からツイてないなと思うと同時に、ある想いが湧いてきた。

「なんでこの取っ手は金属むき出しなんだろう?触れる部分だけでも木で出来ていたら、こんな目に合わなくて済んだのに」

金属だけで取っ手を作ると、冬場に静電気が起きるかもしれない。
中には運悪く苦しむ人がいるかもしれない。
ちょっと気を利かせて木の取っ手にしてあげれば、悲しむ人が少しだけ減る。
少しの工夫で暮らしやすくなるのにな、と思った僕はこの気付きを忘れまいとした。

そして、人のことを思いやって行う小さな工夫と、その心配りを「キノトッテ」と名付けた。

--

月日が経って今は大学3年生。器用じゃない人たちもハッピーに暮らせる世界に力を添えていきたいと思いちょこまかと動いている。社会を丸ごと変えるような大それたことは出来ない。でも、日常の小さな積み重ねだってハッピーを産み出すことはできる。

自分自身が楽しむことを第一に、「キノトッテ」の精神で他の人に関わっていければと思う。