失恋と剃毛

※文中の画像はイメージですし、画像をクリックすれば引用元に移動します。

去年の誕生日の前日、当時良いなと思っていた人と食事に行った帰りに突然「私、彼氏いるんだよね」と切り出され、とっさのことで反応できずにその場を濁して終わってしまった。

自分から切り出す前にNOを突き付けられ、いわば不戦敗のような形となってしまったわけで、なんかとてもカッコ悪かった。その日はちょうど自転車がパンクしたりついてないことが続いていたので、ここでグッといければ大逆転!最高だ~!みたいな変な期待も込めていたので余計つらかった。

帰りの電車の中で無理して「今後もよろしく」的なメッセージを送りながら家に着いた時にはヘロヘロで、ちょうど24時に差し掛かるくらいのタイミングでお風呂に入った。

洗い場に入り、大きなため息と一緒に風呂用の椅子に座って視線を落とす。


そこにはもちろん位置的な関係でソレがあるわけで、普段だったらここから洗い始める(個人的な趣向ですが、泡立ちが良くて便利なので多数派だと思ってる)のだけど、その日は全然別の考えが頭をよぎった。


「……剃るか。」



理由はよく覚えていない。しょぼくれた気分のまま次の歳を迎えたくなかったことや、とにかく何かショックが欲しかったのだとは思うけど、とにかく目の前のモジャモジャを剃り倒したい気持ちになったのだ。

剃ろうと決めてはみたものの、そこにあるのは普段使っている髭剃りセットだけ。普段通り、泡を出して対象に絡め、よく泡立ててから刃を通す。長いしウネっているのでいつものようにジョリジョリとはいかない。カミソリに対する申し訳なさを感じつつ、時間をかけて作業を進めると先が見えてきた。



あらかた剃り終わったソレは、アメリカのホームドラマに出てくる調理前の七面鳥みたいな質感をしていて、なんだか「まぬけ」という表現がとてもしっくりくるものだった。ちょっと頼りなくて間の抜けたビジュアルは、過度に期待して勝手に転んだ自分の境遇にも似ていて、気の利いたジョークみたいだ。剃ったから何かが変わるわけではないけれど、ほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。

でも、友達に「失恋したから剃った」みたいな話をしたらサイコパス認定されたので、あまり人には言わないほうがいいかもしれない。



みたいなことがあってから1年ちょっとが経ち、またしても僕は敗北してしまった。でも、今度は自分から切り込んだので、情けなさはあの時よりは大きくない。もちろん現在進行形で「ウワー!」ってなっているのだけれど。

ただ、もうこれは慣習みたいなもので、ダメだったら剃ろうと決めていた。ボーっとしたまま家に帰り、フクザツな気持ちで風呂に入る。身体や髪の毛を洗い終わってカミソリを持つと、そういえば去年は祖母の家にいたけど今は一人暮らしだなぁ、とか、あれからもう1年以上経つのか、なんてことが思い起こされる。

昔の経験を思い出しながら、泡を立ててジョリジョリと攻めていく。ジェルの問題なのかカミソリの問題なのか分からないけど、前よりもだいぶ時間がかかっている気がする。これまでの期間全く手入れをしていなかったので、単純に物量が増えたということもあるのだろう。でも、振り返ってみると、大学院に入ってからこの1年半で本当に色々なことを経験したし、恋愛に関しても自分の中で少しずつチャレンジしたことがあったはずで、それと同じ時間をかけてたくましく育った毛を見ていると、頑張ってきた自分がちょっとだけ誇らしく思えた。

七面鳥に再会することになってしまったのは辛いけど、これがまた生えそろうときには、どんな自分になっているんだろう。そんなことを考える契機にすることができれば、転んだ甲斐もあるというものだけど。残り少ない修士の生活も、剃り返し、もとい折り返し地点に到達したということで、本日はお開き。ありがとうございました。(ここで笑点のテーマが流れる)



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